2018年5月14日月曜日

児玉隆也の時代と

駆け出し記者だった札幌のころ同年だった友人からメールを貰った。彼自身もガンで難しい大手術を受けたが今は回復して元気である。
「児玉隆也が書いた本が面白いよ」という情報をメールでくれた。
その返事が以下です。
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貴兄のご教示ありがとうございました。

児玉隆也の『ガン病棟の九十九日』、アマゾンで取り寄せ読みました。驚いたことにこの書が書かれた1975年から43年経ったというのに患者の受けとめ方はほとんど変わりません。観察の鋭さ、巧緻な文章、奥さんとの会話などまさに名文家・児玉隆也の面目躍如でしょうが、結局、彼が書いていることは「ガンに魅入られた患者の死への恐怖」なのです。それを2018年の現在もぼくを含めたガン患者は笑い飛ばすことができません。

漠たる不安、忍び寄る死への怖れ、家族への気遣い・・・様々な制ガンの方途、ガン細胞発見の技術、最新の術式、制ガン剤の飛躍的進化などこの40年間に医学と医療技術は目覚ましい進歩をとげたというのに、です。事実、ガンに罹っても延命は著しく伸び、すぐ死ぬ人は少なくなってきました。ぼくに「ガンは治ります」「早く治ってまた一杯やろうよ」というメッセージを送ってきた知人、友人が少なくありません。でもガンは今も治らないんです。

ぼくが戸惑ったガン治療に対する疑念は児玉隆也が直面した「怖れ」「戸惑い」とほとんで変わっていない、ということです。ああ、これがガンなのか、とようやく理解するのに3~4か月を要しました。そして現在も解決方法はありません。副作用著しい抗ガン剤をただ飲み続けるだけ。止めたら「死ぬだけ」としか医師は言いません。

医師は医療技術の進歩を熟知していますし、ガンへ向き合ういろいろな制ガンの方途も昔に比べ飛躍的に開発されてきているのに現実に患者と向き合う時は「分かりません」と言い切ります。

確かに医療事故訴訟が増え、病院が必要以上に防衛的になっています。ですから「予見」的なことはほとんど口にしないし、逆に予見する場合は最悪のケースを例に出します。

ぼくのガンも最初、主治医は「ステージ4、昔なら余命3か月から6か月」と言い切りました。ぼくはその医師の指示通りに入院し、手術を受け、退院してからは大阪の大学病院へ治験治療に向かいました。その医師は日本で肝臓ガン治療で最高の技術を持っていると評判で、彼を知るぼくの親友の外科医も「北さん、それはベスト・チョイスだよ」と当初言いました。

そして事実、ガンの腫瘍マーカーは劇的に落ちてきているのにいつ治療が終了するのかを訊くと「分かりません」

今になってその治験治療が「(抗がん剤の効果が出ている限り)永遠に続く」と言うのです。そこでぼくは自己撞着に陥り「すごく落ち込んだ」わけです。茅ヶ崎から大阪へ通院するには旅費だけで1回、新幹線代とホテル代で2万5,000円はかかります。すでに50万円近くかかったでしょう。これからいつまで続くのか。何度聞いても「抗がん剤の効果がある限り」ず~っと続けると言っています。

児玉隆也が肺ガンに罹った時点から40年以上経って、医療技術は驚くべき進歩をしているのに患者に対してはほとんど同じ対応です。で、患者は戸惑い、死への恐怖が迫るのを実感する。そこが「ガン」という奴のややこしい、難しいところです。そして、以前書いた「黄金のワラ」が蔓延る余地を残しているわけです。

児玉隆也は『寂しき越山会の女王』を書いて有名になりましたが、ぼくは赤紙1枚で戦場へ狩り出されたお百姓やパン屋さんや庭木の職人、床屋さんらの人々を訪ね、戦場へ送られる将兵たちを丁寧に描いた『1銭5厘の横丁』の方が好きです。

ぼくが買った『ガン病棟の~』の古本には「16刷」とあります。売れたのですね。ガンは未だ「解けない方程式」だという事を知り、今は開き直っています。酒も止め、美味しくない食事を無理やり押し込め、時間がくればきちんと抗がん剤を飲み続ける。生きる、死ぬかを堂々巡りしないという覚悟です。

そんなぼくを多くの知人友人は「頑張れ」と声を掛けてくれる。
嬉しいじゃあないですか。ボタンが閉まらず棄てようと思っていたズボンがいま、ぴったり。ずいぶん痩せたなあ。

1 件のコメント:

  1.  「ぼくに必要なのは覚悟です。弱音は吐かない。」「覚悟」の意味がよく分かった。その意気で今後もやってほしい。

     痩せてきたのはむしろよいのではないかと思う。僕は小さいころから痩せていたから、痩せているのがどれだけみじめなことかよく分かる。しかし、歳をとるとともに、必要以上に太っている必要もないということを理解した。人間は30キロ台であっても生きて行ける。むかし、堀田善衛が自分は箒を逆さにしてヤジロベエを着せたような体つきだと書いたことがある。それでも十分小説も書き、世界をまたに駆け巡ってルポルタージュを書きまくることができた。君はいまちょうどいいぐらいの体重になってきたと思う。抗癌剤で悲惨なのはしばしば髪の毛が全部抜け落ちてしまうことだ。そこまできついのは君も飲まされていないようだ。

     先日のNHK番組「ためしてガッテン」でやっていたが、肝臓癌の86%ぐらいは肝炎が原因だそうだ。12%ぐらいが酒の飲み過ぎ、あとはその他だ。ということは、君の場合も肝炎から転化したことを疑った方がよい。肝炎というのは俗に言う黄疸のことだ。黄疸の症状はしばしば現れないので、肝炎にかかったことを知らずに済ませることがおおい。しかし、ウィルスは体内に残り、長い間に肝臓癌を起こすらしい。肝炎の原因はほとんどが注射か輸血だ。日本でも1980年まで注射針の使い回しが禁止されていなかったそうだ。それ以前の世代(われわれはもちろんそれに属する)はこれで感染していることが多いそうだ。ソ連東欧諸国は黄疸が国民病みたいだったが、それというのも注射針の使い回しをしていたからだ。幸い僕は助かったが、僕の友人でそれで肝炎になったのが数人いる。現在では肝炎ウィルスに対する非常によい薬があって、服用するだけで3ヶ月ぐらいで完全に駆除できるらしい。問題は感染しているかどうかを突き止めることだが、全国の地方自体の健康診断で無料で肝炎ウィルス検査を実施しているそうだ。最近回ってきた新宿区の集団健康診断の案内を見たが、やはりそう書いてあった。

     こんなことを今ごろ君に書いてもしようがないが、僕もつい最近まで知らなかった。公衆衛生に気をつければ、肝臓癌は防げるということだ。この意味で他の癌とは違う。問題は肝炎ウィルスと肝臓癌との関係が十分に認識されていないことにある。これこそジャーナリストの仕事ではないかという気がする。

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